サイーダ日記


HP作り

イスラムの事

ダンナ様が帰ってきた

トナカイの事

思い出

アトピーの事

子供ができて変わった事

今思えば・・・

最近8/14

9.1112/29






HP作り


HPを作ろうと思ったのは、他の人達のHPを見てからです。みんなとっても綺麗なページを作っていて刺激されたという感じです。
ところが、いざはじめようと思ったものの全てが分からない事だらけのスタートでした。なんでみんなあんなに上手に作れるのかと不思議でした。なにせHTMLからの勉強でしたし、パソコンを触る事自体があまりなれていなかったもので・・・。(以前、ワープロと英文タイプは使った事があったのですが)そんなわけで、UPをした日も見れないという事態が起こったんです。(せっかく見に来てくれた方、本当にごめんなさい。自分ではUPしたつもりだったんです。)(−−;)
きっとこれからも慣れるまでちょくちょく不思議な出来事が起こるかもしれませんが、長い目で見てやってください。

HPの中身として入管の事を書こうと思ったのは、私が今まで生きてきた中の出来事ではかなり大変な出来事だったからです。イスラムの事も、国際結婚の事も、ナナを生んだ事もみんな私の中では大きな出来事です。日記をつけるようなまめさは無いのですが、HPという形でいろいろな出来事を残していけたらいいと思っています。






イスラムの事


イスラムに振れる事になるなんて夢にも思っていませんでした。主人と出会わなければ、知らなかった事です。結婚した当初は、あまり熱心になれませんでした。サラートや、クルアーンを読む事もちょくちょくサボっていました。クルアーンのテープを主人はよくかけていたのですが、その音量もなるべく他の家に聞こえないように気をつけていました。なによりも周りからイスラム教である事について何かを言われる事がとても嫌でしたし、出来れば知られたくないという思いもあったんだと思います。 しかし、主人の父が亡くなった時初めて私の中の何かが変わりました。その時、私は初めて自分が今までしてきた事のバカらしさと言うのか、情けなさと言うのか色々な気持ちがこみ上げてきました。本当に今まで何をやっていたんだろうと思いました。

サイーダアルターヘラ。私のムスリム名です。この名前をつけてくれたのは主人です。きっと綺麗で純粋な気持ちでいる事を思ってつけてくれたのだと思います。その名前を汚すような事をしてきたのです。悲しくなりました。情けなくなりました。それに気づかせてくださったアッラーに感謝しました。そして心から謝りました。気づいてから冷静に周りを見渡すと、たくさんの素敵なムスリマの方々がいました。今までは私が見ようとしていなかっただけだったんです。自分が見ようとすれば、学ぼうとすれば、アッラーがきちんと導いて下さっている事にきがつきました。アッラーが身近にいらっしゃるという事が分かりました。この時が、私が初めてイスラムに心の中から入信した時だったのだと思います。今度は、私が一生懸命に勉強をして娘に伝えてあげなければならないと感じています。






ダンナ様が帰ってきた


ダンナ様は9月28日から11月2日まで、実に10年ちょっとぶりとなる里帰りをしてきました。まさしく”浦島太郎”です。(笑)
エジプトでは新しい家族が増えていたり(主人の兄弟の子供は平均4人いますから・・・。)、結婚していたりして、主人の知っているエジプトとはかなり違っていたようです。エジプトの家族は、ESMATが帰ってくると大騒ぎになり近所の人までかけつけて大変な事になったそうです。
ただ1つ気がかりなのは、お母さんの様態があまり思わしくなかった事です。主人が行ってからは少し元気を取り戻したようなのですが、とても気になります。写真を見ても以前に比べると痩せてしまっていて心配になってしまいます。早く元気になってほしいです。

さてさて、ダンナ様は50キロもの荷物を抱えて日本へと戻ってきました。チーズやら豆類やら香辛料やら、とにかくたくさんの荷物で家があふれかえっています。モロヘイヤを切る包丁も持ってきたので、来年はより美味しいモロヘイヤスープが作れそうです。私はヒジャーブはしていないのですが、ヒジャーブも頂きました。主人の兄弟の子供の女性の人達は(ややこしい!!)ヒジャーブをするときに、レントゲンのフイルムを間にはさむそうです。そうすると、きちっと巻けるとの事。みんな色々と考えているんだな−と思いました。ヒジャーブの巻き方もみんなこだわっていて、いかに綺麗に美しく見えるのかという事を考えているようです。そう、オシャレなんですね。
来年は親族の間で2つの結婚式が重なっているので、家族そろってエジプトに行けたらと思っています。主人の話を聞いていて、更にエジプトに行きたくなった私です。






トナカイの事


トナカイとはサンタクロースのそりを引いているあの”トナカイ”のことです。クリスマスの絵にはよく飛んでいるトナカイが描かれています。これは、まんざら嘘ではないという事が去年のクリスマス前のテレビでやっていました。

トナカイは昔はよく飛んでいたというのです。跳んでいたのではなく、飛んでいたのです。(ちょっとややこしい表現ですが・・・)何でも、アラスカのあたりに住んでいたトナカイがヨーロッパの方まで飛べたトナカイもいたそうです。これはびっくりだと思いませんか?それが証拠に、昔のトナカイの絵には飛んでいる姿が描かれていたそうです。
どうして飛べたのかというと、その大きな理由に角の形があるそうです。トナカイの角は他の鹿類と違って、平べったくてたくさん枝分かれをしています。あと、細かい毛がびっしりと生えているんだそうです。それらの事が、飛ぶことに大いに影響をしているというのです。
どうやって飛び立つのかというと、高い崖の上から一気に跳ぶと上手く気流に乗れたトナカイが飛んだという事です。

きっとヨーロッパまで飛んだトナカイというのは、本当に偶然に上手い具合にヨーロッパの方まで流れている気流にのってしまったんでしょうね。(笑)
でも、サンタクロースがトナカイの引くそりに乗って世界中を飛びまわるっていうのは、まんざら嘘ではなかったというわけなんです。なんか夢があっていいなって思いましたので、ここに紹介しました。でも、なんでトナカイは飛べなくなってしまったのかナー??ちょっと気になります。






思い出


東京で初雪が降りました!雪といえば、学生時代を思い出します。(そんなに前の話ではないのですが・・・)
高校時代は岩手で過ごしたので冬は必ず雪でした。私の行っていた高校は変な校則があり、セーラー服だったのですがセーラー服の上にセーターなどを着ることが禁止されていました。だから、みんなセーラー服のしたにセーターなどを着こんで冬をしのいでいました。
セーラー服を着た人は判ると思うのですが結構寒いんです。お腹が冷えるというのか・・。
しかもスカートですし・・。でも肌色ストッキングにルーズソックスなんかを履いて工夫をしたりしていましたが、やっぱり冬は寒かったですね。

雪の降る地方の学校って、トイレにまで暖房があるんですよ。教室を囲むようにヒーターがついていたんですが、そこでよくお弁当なんかをあっためていましたね。(笑)ものすごく懐かしいです。

私の通っていた高校は山の頂上にありました。山の頂上が校庭でその少し下にテニスコートが4面あり、そのまた下に校舎などがありました。またその下にはプールと小学校がありました。
・・・っていう事は、学校に行くには軽い登山??のような感じでした。なもんで、雪が降ると学校までの道のりは雪山を登るかのような大変さでした。(笑)ほとんどの生徒が遅刻をするというものすごい事態が起こっていました。なんせその中に先生もまざっていましたから。
うちの学校に赴任してきた先生は必ず車を買い換えなければ、学校まで行く事は困難といったような場所に学校があったんです。それでも慣れてくれば、自転車で学校まで行っていましたけどね。(笑)今思えばよく通っていたナーって。雪が降るといっつも思い出します。






アトピーの事


アトピー(アトピー性皮膚炎)ほど厄介な事はないと思う。私は生まれてすぐから今に至るまでアトピーに悩まされてきた。アトピーの嫌なところは周りの人の目が気になるところだと思う。他人から見てはっきりいって気持ちのいいものではない。どちらかと言うと気持ち悪いと思うだろう。
私は顔にはでないが、いったんひどくなると買い物すら嫌になってしまう。と言うのも手がひどいからだ。赤く腫れてしまうため、お釣りをもらう時やお金を払う時はものすごく気になってしまう。同じアトピーの人ならばこの気持ちは分かると思う。

病院に行けばいいじゃんと思う人もいると思うが、そんな簡単に治るものではない。いったん病院に行けば1年以上も毎週通うはめになる。これも面倒なのだ。(たんに私が面倒くさがりとも言う・・・。)
私だって治したい一心で病院に行ったことはある。でもいつ行っても同じことを言われて同じ薬を出されるだけだ。もちろん薬を使えば良くなるのだけど、やめればまた元に戻る。本当に厄介だ!!

大学病院に行った時なんか、なんだか知らないけど先生とインターンらしき人達が5人もついていた。私はみせものじゃないぞ・・・・って思った。私への説明よりも、インターン生への説明の方が長かったのも気にくわなかった。それ以来大学病院へ行くのが嫌になってしまった。
個人病院へもいろいろな所へ通った。とっても良い先生がいたのだが、ちょっと遠かったため通いきれなくて結局やめてしまった。女の先生でいろいろな方法を試してくださって、私が1番良い方法で治療をしてくださったのでものすごく良かった。アトピーの方も結構良くなっていたのでその点でも良かった。私の場合、ステロイド剤はあまり使いたくなかったのでステロイド剤をなるべく使わないで治療をしてくださったのだ。このままこの先生のところで治療を続けたかったのだが、家からはかなり遠かったので子供を連れてまでは行けなくてやめてしまった。

掻かなければひどくはならないのだが、かゆいのはどうしても我慢ができない。我慢して我慢してどうしようもなくなって掻いてしまうとよけい止まらなくなってしまう。本当に自分でも嫌になってしまう。なんとか良い方法をいろいろと試してみた。しそが効くと言われればしそを試した。でもいまいち効くものが見つからなかった。そんな時ダンナから”ヘンナ”を勧められた。なんでもエジプトではやけどなんかにも使っていると言うので、わらをもつかむ思いで試してみた。
ヘンナのパウダーをお湯でといて、手につけてみた。ものすごくしみた。思わず「ひえー」と言って大騒ぎをしてしまった。ダンナが「これくらい我慢しろ!治るんだったらいいだろ!」と言ったので静かに痛がった。
その夜は痛さのあまり寝る事ができなかった。本当に大丈夫だろうかと思ってしまった。(いまいち信用していなかったもので・・・・。ハハハ。)朝になって、洗い流してみた。ちょっとぴりぴりしたが、何ともないようだった。とても乾燥してしまうためワセリンをたっぷりとつけて手袋をした。ちなみにヘンナは色が付いてしまうのが難点です。(まるでミイラのような色が付きます。洗ってもなかなか落ちないので、私は終始手袋をして手を見られないようにしていました。他人が見たら驚くと思ったので)これを5日くらい続けてみました。無理に皮を取ったりしないであくまで自然に任せる事がポイントです。
結果は・・・。ものすごいです!!まるで違う人の手になったかのような効き目だった。本当にびっくりした。恐るべしヘンナ。ヘンナ様様だ!!これは髪を染めるのにも使えるので勇気のある人は試してみてほしいと思う。うちの母はずっとヘンナで染めているが、リンスがいらないほどすべすべの髪だ。まわりからは、美容院に行ってやってもらっている。と思われているらしい。エジプトの母も使っている。ちなみに日本の美容院でも草木染めという名前でやってもらえるが、結構高いらしい・・・。

こんないいこと尽くしなのだが、1つだけなんとかならないかと思うことがある。それは色がつくことだ。しかも色がミイラのような色でなかなか落ちない。こと爪につくと、爪が伸びて切るまでは落ちない。これは結構困ってしまった。色が色なので余計だった。ちなみにイスラムの人が使ってもサラート時には無効にならないそうだ。(マニキュアは無効になります)
さてさて、試してみたくなった人はいるだろうか???私は、最近ひどくなってきたのでまたやる予定だ。






子供ができて変わった事


ナナが我が家の一員になってから変わった事はたくさんあります。とくにダンナの生活よりも私の生活の方が一変したと思います。
まず友達が変わりました。以前は終電帰りがあたりまえのような生活をしていたので当然の事なのですが、私と同級生の友達とはほとんど会うという事は無くなりました。というより、会えなくなりました。生活パターンが子供中心となるので、夜遊びもできませんしちょっと会いに行く事も難しくなりました。これは私にとっては結構ショックが大きかったです。
みんなと騒いだりするのが大好きだったので、毎日子供以外と話ができないのが結構寂しく感じました。それから服装が変わりました。今はほとんどジーパン&トレーナーが定番です。以前はロングスカートなんかをよくはいていたのですが、子供相手となるとこの格好が一番です。
それからハイヒールを履かなくなりました。というのも私が168センチという身長なので、ハイヒールを履くと子供と手をつないで歩けないからです。それに、何かあった時はスニーカーの方が安全ですし。(笑)でも、服装は今の格好の方が自分にあっている気がします。もともと動く事が好きだったので動きやすい服装は好きですから。(^^)

こんな感じで、ものすごく変わりました。あと心境の変化というのか、自分のものをあまり買わなくなりました。自分のものよりもナナやダンナの物の方が欲しくなっちゃうんです。(笑)
ただ、ストレスはたまりますね。今住んでいる所は、公園とかでも派閥??みたいなのがあって入りにくいですし、同じ歳の人はいないのでなんとなく気を使ってしまいます。となるともっぱらインターネットが私のストレス解消となっています。(クラ−・・・)

インターネットをはじめてから、やっと周りが見えてきたというのはありますね。というのも、子供とず−っといると育児書が育児のお手本となっちゃうんですよ。そうすると、育児書どうりに育つ子供なんていませんよね。すると自分の子はおかしいのかなって思えてきちゃうんです。(笑)
とくにうちはイスラムなので、子供にどうやって教えていったらいいのかとか、学校の事とかいっぱい考える事があって・・・・。インターネットをはじめたらそんな人達がたくさんいるのが分かって(当たり前なんですけどね。)ちょっと安心したというか、ほっとしました。
最近では、インターネットを通じて出会った人達と直接会うようになりました。まさに現代風お友達の作り方ですね。

そのほかにも変わった事は山ほどありますね。買い物も昼間にするようになりましたし、お風呂も子供と入るので入る時間が早くなりました。食事なんて、自分がゆっくりとった事はほんと無いですね。ガガガーってかきこんで食べてます。自分よりも子供って感じです。
それがストレスになるかどうかは個々によって違うと思いますが、私はこんな生活もいいかな−って思います。もちろん「このクソガキー」って思う事はたーっくさんありますけど(笑)やっぱりかわいいです。生活に余裕があったらたくさん子供がいるのも楽しいかも・・・なんて思います。エジプトの家族は子供がいっぱいいるのでよく「なんで子供が1人しかいないの??」って聞かれます。
それは・・・エジプトは学校が大学までタダなんですよね。これって大きいですよね。日本で4人の子供を育てようと思ったら、すごい事になりますから。でも、あと2人くらいはと思っています。
よく「子供って何語を話すんですか?」って聞かれますが、うちは今のところはミックス状態ですね。本当は基本になる言葉を決めないと全部中途半端になっちゃうそうです。うーん。それも困りますね。 でも日本語・アラビア語・英語は覚えて欲しいと願う、勝手な母です。(−−)

ママさん万歳!!ママさんガンバレー!って言いたいですね。最近幼児虐待が騒がれてますが、ママって大変なお仕事なんですよね。パパも大変だけど、働いている方が何十倍も楽なんですよ。(ね。パパさん。聞いてます??)育児は24時間365日休みが無いんですから。しかも給料だって出ないし。(笑)だから、世の中のパパさんはママさんを大事にしてくださいね。休みの日は育児に参加してくださいね。なーんてね。でもほんとですよ!!






今思えば・・・





上の写真は私が幼稚園の年長組だった頃のお遊戯会の写真です。今思えばアラブだ・・・・・。
なんとなく写真の整理をしていたら出てきたので笑っちゃいました。(^^)お遊戯会では自分で好きな劇とか踊りとか合奏とか選べるのにどうしてアラブの衣装を着て踊ってんだろう。記憶には無いけど自分がやりたくてやったんだろうし・・・。ほんと不思議です。

当時から意識してたんでしょうかね。(笑)面白い写真(小さい頃の)結構探せばあるのでそのうちダンナの許可が出たら紹介しますね。
そうそう。年少組の時は、チャイナドレスを着て踊っていました。これまたうける(笑)






最近


今年の夏は異常な暑さ!ナナも私もバテ気味・・・。とくに私は何年ぶりかで外に働きに出るようになって、更に疲れがプラスされた感じだ。もちろん私なんかよりももっと大変なママさんはたくさんいる。そういう人を見ると本当に感心する。
育児と家事と仕事と本当に大変な作業ばかりだ。どれをとってもとにかくやり始めればきりがない。なんだかんだ言ったって、最終的には全て母親である女性がこれら全てをやるはめになる。ダンナが仕事が休みでくつろいでいたって、食事を作ったり洗濯したり子供をトイレに連れていったり、自分の休みなんて自分が1人にならない限りはありえない。
うちのダンナはきっと手助けをしてくれている方なんだと思うが、私から言わせればもっと働いて欲しい。グースカいびきをかいているダンナを横目に自営の作業を夜中にやっていると、ムカムカする事だってある。たまには1日中寝て過ごしたいって思うけど、貧乏性??な私は結局寝ていられないんだよね。(^^;

でも、世の中の共働きをしている家族のパパさんはママさんの大変さをちょっとでも理解してあげてね。一言「いつもがんばってくれてありがとう」でも、疲れがふっと消えちゃう物なのよ。

うちはあと数年でエジプトに移住する計画を立てている。子供の学校の事など総合的に考えて話し合った結論だ。もちろん何処で住むのがいいかなんて答えは誰にも分からない。ただ、ナナにはエジプトでしか体験できないことを肌で感じて欲しいというのが私の気持ちだ。
昔日本にあったものをエジプトに探しに行くという事になるかなぁ。物のあふれかえった日本よりもエジプトで自分で見つける楽しさを味わって欲しいと思う。勉強なんて何処でもできると思う。ただ、ナナが日本で勉強をしたいと望むのならば日本に帰ってきてもいいと思う。
そう、どっちでもいい!これが私の意見。でも、どっちかにしかない事もあるからどちらにも目を向けて欲しいと思う。私も行ってみたいしね(笑)とにかく今はお金を貯めてエジプトで自分たちの家を持つことが先決。エジプトも発展しつつあるから、このままほっておいたら家が買えなくなりそうだからね。さてさてどうなる事やら・・・・。いづれにしても私は楽しみ♪






9.11


9.11、とても衝撃的な映像が世界を駆け巡った。我が家でもそれは例外ではなかった。毎晩ニュースを見る習慣があるので、いつもどうりにテレビをつけると貿易センタービルが映っていた。「見て見て、貿易センタービルが火事みたいだよ」とダンナに言ったと同時に飛行機が突っ込む映像に変わった。これは只事じゃない。瞬時に思った。それからニュースにくぎづけになった。その日はラジオを1晩中聞いていて結局一睡もできなかった。

事件から1週間ぐらいたった頃だろうか、犯人がイスラム過激派と呼ばれる人達でビン・ラディン氏が首謀者であるとアメリカのブッシュ大統領がテレビで演説をした。そして、彼らを捕まえて罰する事も力説していた。私はダンナとこれは戦争になるね、アメリカがやらないわけが無いと話をしていた。

私自身はこのテロ事件は起こって当たり前かなと思われる部分が多々あると思っていた。だからまさかこんな事が起こるなんてとは思わなかった。この考え方は、人によってはなんて人なんだと思われるかもしれない。でも、ちょっと中東問題をかいつまめば誰でもそう思うのではないかと思う。そもそもどうしてアメリカがあんなに中東諸国から嫌われるのか、という事になるのだろうか。簡単に言っちゃえば、アメリカは自国の利益のみを考えて中東諸国を好きなように扱って外交(というのかな??)してきた事が原因だと思う。時にはビンラディンを支持し、フセインさえも支持して支援すらしたアメリカは、自国に不利益が及ぶと手のひらを返した様な態度をとってきている。これらのしわ寄せがこのようなかたちになって現れてきたのだと思う。
私のダンナがムスリムでなければ、きっとこの考え方は持たなかったかもしれない。おそらくアフガンで報復というなの戦争が起きていて、またアメリカが他国で空爆をしかけている。戦争をやりたくてしょうがない国なんだろうな・・・。くらいは思ったかもしれない。(笑)関心を持っていなければこんな感じなのではないだろうか?。私が中東問題に興味を持ったのは、ダンナとのたわいも無い会話からだった。ダンナと話をしていると「アメリカは大嫌いだ!!フセインは悪くない!」と絶対に言う。でも当時たいした知識も無かったので、湾岸戦争で石油に火をつけたりしたフセインは絶対的な悪者だと信じていたのだ。そう、そこで大体言い合いになっていた。
そこで、どうしてこんなにダンナはフセインを支持するのか?アメリカを嫌うのか?不思議に思ったことが始まりだった。これはちょっと面白いかも(変な意味ではなくて)と思い、歴史的な事からちょっとづつ調べてみた。色々と調べていくと、アメリカの傲慢ともいえるやり方がとても目に付いた。このままいけば、世界中から反感をかうはめになるのではとすら思えた。
私はアメリカが嫌いなわけでは無い。どちらかというと好意を持っているくらいかもしれない。ただ、今回の事件からの経過を見ていてちょっとアメリカにがっかりしてしまった。というか少し嫌いになってしまった。とある番組でアメリカ人にどうしてこのような事件が起こったのかと聞いていた。その中で90%以上の人達が(子供までも!)「ジェラシー(嫉妬)」と答えていた。私は「はあ???」と思わず言ってしまった。たった一言「ジェラシー」で片付けてしまうのかと本当に疑ってしまった。
アメリカが経済的にも軍事的にも強いのは誰でも分かる事だ。アメリカ人の人達も我々は世界一だという誇りを持っていると思う。でも、なんか欠けているものがすごく垣間見られた気がした。

もちろんこの番組でインタビューされた人の意見がアメリカ人全ての人達の意見とは思わないけど、少なからずこのような意見を持つ人が多数いるという事にものすごい衝撃をうけた。「どうしたら世界が平和になると思う?」という意見に「アメリカが食べ物とかを落とし続ける事」と答えた子供がいた。・・・・絶句だ。
アフガニスタンはいかにも自由ですばらしく生まれ変わったかのように報道されているが、実際そう感じている人たちはごくごく少数で、空爆によって家を失ったりした人達の方が遥かに多い。女性がブルカをとることが自由ですばらしい事だろうか?そう考えるのはイスラムを知らない人達のエゴではないだろうか?イスラムの女性は自由が無くてかわいそうだと思うだろうか?実際私はイスラムに改宗したが、縛られてばかりで嫌だなんて思うことは皆無に等しい。ミ二スカートを着たり、自由に男女交際ができたりそういった事(いわゆるイスラムではよくないとされている事)ができない国の女性を見てアメリカや日本からすれば不自由で女性の人権が無い国と感じるかもしれない。だから女性を解放してあげよう。という考え方は、ただ他国を欧米的に染めようとしているだけであってエゴに過ぎないのではないだろうか?その国にはその国の良さがたくさんある。
平和とはどうなった状態をいうのだろうか?世界中がアメリカのようになれば平和なのだろうか?でも世界中をアメリカの様にする事はアメリカが許すわけが無いし、アメリカが世界を支配したらそれが平和なのだろうか?
ここで1つの本を紹介したいと思う。「世界がもし100人の村だったら」(マガジンハウス)興味をもたれたら是非読んで頂きたいと思う。もともとはE−mailなので、アメリカに在住されている方だったら実際に受け取っている方も多数いるのでは??私はとても興味をもったので、本も買ってしまった。(^^)
もう1つ、イスラエルに「平和の村」というところがあるらしい。そこはユダヤ人とアラブ人が一緒に生活をしているとてもとても小さな村だそうだ。私はいつかそこに行きたい。そして自分自身で感じてみたいと思う。(名前はちょっと違うかもしれないが、こんな名前だったと思う・・)そこでは年に1回、アラブ人の高校生とユダヤ人の高校生が3日間ディベートをするという合宿が行なわれているそうだ。小さな小さなことだけど、私は続けてほしいと思う。平和とは相手を知る事から始まる気がするからだ。

個人的な意見をずらずらと書いてしまいましたが、色々な意見をもたれた方も多いと思います。是非色々な意見を寄せてください。ディベートする事はとても大事な事です。